知的財産権関連情報

よくあるご質問

Q1. 本件訴訟を提起した元従業員は、青色LEDの研究を始めること、及びアメリカに留学することを会社に直訴して、当時の社長がそれを許可したと言っています。会社は金を出しただけで、あとはこの元従業員が全てにおいて、一貫して主体的に研究開発を行ったのですから、高額判決は当然ではないですか?

A1. 窒化ガリウム系半導体のMOCVD成長の研究については、現在徳島大学の酒井士郎教授から、共同研究のテーマとして提案されたのが始まりです。それまでも酒井教授と交流のあったこの元従業員が窓口となって、現在の社長(当時専務)に提案されました。 それ以前からLEDに関連してガリウム金属の精製、ガリウム砒素の液相成長などの研究を手掛けていた当社は、MOCVDが将来LEDの主流になるとの酒井教授の助言もあり、この提案を受け入れました。 MOCVDは当社では全く手掛けたことのない技術であったので、酒井教授は当時ご自身が研究されていたフロリダ大学へ当社の研究員を留学させることも提案されました。当社は当初別の研究員を候補に上げましたが、酒井教授のご推薦もあってこの元従業員が留学することになりました。 このようにこの元従業員のアイデアで研究が始まったわけでも、留学をしたのでもありません。また、A2にありますように当初予算だけでも数億円かかる投資を会社が一手に引き受けたのに対して、この元従業員は一貫して会社から給与所得を保証された地位にあったのですから、判決のような額を支払うことは公平ではないと考えます。

Q2. この元従業員は、貧弱な研究設備で独力で青色LEDを完成させたそうですが、会社では最初だけ提案を聞いて、後は放っておいたのですか?

A2. 窒化ガリウム半導体のMOCVD成長の研究は、A1のとおり、この元従業員の提案で始めたものではありません。また、この元従業員が留学中から、当社では酒井教授のご提案に従って、すでに完成していた研究棟という建物(写真1)の6階に、数億円を投資してクリーンルームやMOCVD装置(写真2)を導入しましたし、その後も大変高価なサファイア基板や原料ガスをふんだん に使って研究しておりました。また追加で必要な設備は随時導入していきました。
また、それ以外にもこの元従業員の研究をサポートする者が何人もおりましたし、製品化までも、またそれ以降も、研究の進行に応じて費用も人員も増えていったのです。(グラフ)1993年に製品発表するまでは、青色LED材料として決して有望視されていなかった窒化ガリウムの研究にこれだけ人・物・金をつぎ込んだ会社は無かったのではないでしょうか?

写真1:研究棟 写真2:MOCVD装置
研究棟 MOCVD装置
グラフ:研究への取り組み
グラフ

Q3. 現在の社長が、元従業員に研究開発中止命令を出すなど、一貫して研究を妨害していたのに、成果が出たとたんに自分のものというのは虫が良すぎるのではないですか?

A3. この元従業員によると、窒化ガリウム以外の材料(ガリウム砒素)の研究をしてはどうかと社長が言ったとのことで、それを研究開発中止命令であるとしているようです。しかし、社長自身にとってそのような発言は身に覚えがないばかりでなく、当時の開発部長にも、元従業員の部下にもそのようなことがあったという記憶はございません。研究開発中止命令があったとされる時期の前後を通じて、この元従業員が会社に提出した所定の報告書にも、彼自身が中断なく窒化ガリウムの研究を継続していたことが記載されております。つまり元従業員の研究開発は上司の承認を得ておりましたし、この時期以降も当社は継続的に窒化ガリウム系LEDの開発に投資しておりました。そのことから明らかなように、窒化ガリウムの研究を中止せよと命令した事実はございませんし、研究開発中止命令の存在を示す客観的な証拠も一切提出されておりません。もし仮に社長自らが中止命令を出したのに、この元従業員がそれを無視していたのであれば、人事異動なり処分なりがあってしかるべきではないでしょうか?そのような事実は一切なく、中止命令は全く根拠のないものとしか言いようがありません。

Q4. この元従業員はあまりに少ない給料から「スレイブ(奴隷)」と呼ばれていたそうですが、そんなに給料は低かったのですか?

A4. この元従業員は退職する直前には、主幹研究員という、当社では部長待遇の研究員でした。40代半ばでしたが、給与は当社の役員の平均を上回る額を貰っていました。当社での彼の同期と比べれば当然最高額でしたし、他社へ入社した彼の同期と比べても決して低い額ではなかったはずです。
また、退職した年には、国内外を含め、年の半分近くは学会等への出席のために出張しておりましたが、会社はよほどのことが無い限り当人の申請どおり許可しておりましたし、それらの費用は全て会社で負担しておりました。もちろんこの元従業員が学会等で当社の技術と名前を紹介することは、社会的な貢献でもあり、同時に当社の評価を高めることに繋がると認識していたからなのですが、通常は、名の通った欧米の企業研究所でも、研究員の学会等への出席は回数や費用で制限があるようです。彼自身の評価は異なるようですが、常識的にみて、不当な処遇をしていたとは考えられません。

Q5. この元従業員は退社前には閑職に追いやられていたそうですが、今回の判決は功労者をそのように扱ったことに対するペナルティとして当然ではないでしょうか?

A5. A4にありますようにこの元従業員は退職したときには開発部主幹研究員(部長待遇の、研究者としての最高職)にありました。またその年の9月からはそれに加えて窒化物半導体研究所所長という役職を与えました。この研究所は最初は部下等はおりませんでしたが、窒化物半導体に関する研究テーマを彼に自由に選んでもらい、それに必要な予算と設備・人員を与えるというものでした。
ですから退職するまで彼は開発部の研究員の頂点にいましたし、窒化物半導体という枠の中ですが、好きなテーマの研究をしてもらう用意を会社はしておりました。決して役職や部下を取り上げたりはしておりません。
ただし当時既に彼は退職の決意をしていたようで、窒化物半導体研究所では結局何の研究もスタートさせることはありませんでした。A4にありますように、彼は年150日くらい出張しておりましたので、自分で何かを研究する時間などなかったと言えます。
因みに判決文からも、一審の裁判所がそのような事情を認定し、それを汲んだということを読み取ることはできません。

Q6. この元従業員には退職金を一切払わなかったそうですが、本当ですか?

A6. 社内制度に従った退職金を支払っております。40代半ばでの自己都合退職ですから、それほど高額ではありませんが、平均的なサラリーマンの年収程度にはなりました。

Q7. 今回訴訟の対象となっている特許は、革新的な基本特許だそうですが、それに対して2万円の対価というのは余りに低すぎるのではないですか?

A7. 今回訴訟の対象となっている特許は、青色LEDの特許などではなく、青色LEDの原材料である窒化ガリウム系半導体膜を成長する方法(MOCVD法)に関するものです。当時MOCVD法で良質の窒化ガリウム系半導体膜を成長することは、他の研究者達によってすでに実現されておりましたので、本件特許発明がなければそのような材料が得られない、というものでもありませんから、本件特許発明が青色LEDの基本特許ということではありません。また原材料さえ得られれば、青色LEDができるものではなく、当社の青色LEDは、本件発明後の幾つもの技術開発があって初めて可能になったのです。
この特許の特徴となっているのは、原料ガスを基板に水平に流し、不活性ガスを基板に対して垂直に流すというものです。このようなガスの流し方自体はCVD法一般では出願当時いくつもの先行技術に記載されており、特に斬新なアイデアというわけではありません。もし無効審判が起こされれば、有効性を維持できない可能性が高いと考えられます。
さらにA8にもありますように、本件特許は当社が青色LED販売開始後3年ほど使用していた以外に、誰も使用しておらず、基本特許であるという認識は、当業界には存在しておりません。
当時の当社の規定では、出願時に1件1万円、特許成立時に1件1万円を支払うとなっており、それに従ってこの元従業員にもその金額が払われました。
ですが研究者として雇用し、研究の対価として給与を払っていたわけですし、A5にありますように、彼にはその他の功績も含めて評価して、少なからぬ給与を払い、身分においても相当の処遇をしておりました。研究成果を2万円で取り上げたかのような言い方は適切ではないと考えます。

Q8. 日亜化学のLED製品が他社より明るいのは、本件特許を使っているからで、本件特許は日亜化学の利益に対する貢献が大きいのだから、高額な認定は仕方がないのではないでしょうか?

A8. 当社が1993年末に発売した最初の青色LEDより明るい製品は、1995年にはもう他社によって販売されていました。現在では発売開始当時の日亜製品の20倍近い出力の製品も他社から販売されています。このように各社独自の工夫を凝らして性能を向上させて、抜きつ抜かれつの競争をしており、本件特許さえあれば他社より明るい製品が作れるなどということはありません。もし本件特許を使わないと明るい青色LEDが作れないのであれば、どの企業も本件特許を使っておりませんから、少なくとも1993年の当社の青色LEDより明るい製品を他社が作れるはずはありません。
また、1993年の当社の最初の青色LEDが世界一明るかったのは、本件特許発明後の3年間の間の本件特許発明以外のいくつもの技術開発によるのです。
またこの元従業員の開発した本件特許方法は、その特徴である基板に垂直に流す不活性ガスに起因する問題があったために、特許成立直後頃からは当社でも使用しておりません。また先ほど述べましたように、現在では世界中で数十社が窒化ガリウム系LEDを製造していると言われますが、当社の知る限り、当社が本件特許をライセンスしている企業も含め、本件特許発明を使用している企業はありません。つまり特許が成立した時点ではすでに必要とされていない技術であったといえます。

Q9. 地裁判決において、「青色LEDが産業界において待望されていた技術であることに照らせば、本件特許発明の事業化は,いわば成功が保証されていたものであって、事業化に特段のリスク等が存在したものでもない。」とされているように、会社は本件発明によって、いわば濡れ手に粟の利益を得てきたのだから、地裁判決の金額は当然ではないですか?

A9. 青色LEDが産業界において待望されていたことは事実かもしれませんが、本件特許発明は、青色LEDの発明ではなく、青色LEDの材料である窒化ガリウム系半導体膜をサファイア基板上に成長する技術に関するもので、窒化ガリウムという材料だけで青色LEDができるものではありません。
しかも、それまでに低温バッファ層技術という窒化物半導体最大のブレイクスルーが他の研究者によって成し遂げられており、その技術によって良い品質の窒化ガリウムの結晶は既に得られており、当社が本件発明を用いて作ることのできた窒化ガリウムは、そのグループの得ていた窒化ガリウムの結晶と大差ない品質のものでした。
また、電子線照射によるP型化という技術もすでに存在しましたが、それでも実用的な青色LEDは得られておりませんでした。
本件発明後、アニールによるp型化、InGaN結晶の成長方法、最適な層構成(ダブルへテロ構造)、光を効率的に取り出す透光性電極技術などをはじめとして、数多くの技術開発がなければ青色LEDは完成しませんでしたし、青色LED発表後も競合他社との激しい技術開発競争、コスト競争、特許係争が続いており、どの時点をとっても、事業の「成功が保証されている」などと言える状態ではありませんでした。

Q10. この訴訟の当初は、この元従業員からの特許の譲渡の有無を巡って、会社は特許は会社のものだと主張していたそうですが、今さらその特許が価値がないというのは矛盾しませんか?

A10. 当社では特許権の帰属についての審理においても、「特許は価値があるから渡せない。」などとは主張しておりません。発明者であるこの元従業員から適正な譲渡を受けたものである以上、譲渡書に押印がないから無効であるとか、形だけ譲渡書を提出したが、譲渡の意図はなかったなどという主張に対して、正論で反論したのです。
発明の内容はどうであれ、給与の支払を受けている従業員が会社の費用で研究をして、会社の職務を遂行する過程で行った発明について、会社の費用と人材で出願手続きを行い、登録された特許を退職後に返せというのは不合理だと考えております。無論対価が600億円であれば、譲渡を受けることはできなかったでしょう。その場合でも職務発明である以上、当社には無償の実施権がありますし、他社はどこも使おうとしなかったのですから、青色LEDの開発や事業化に影響はなかったと考えます。

Q11. この元従業員が退職するまでは、彼が青色LEDを発明したと言っていながら、裁判になった途端に彼の功績を否定するのはおかしいのではないですか?

A11. 当社は、この元従業員を担当者として青色LED開発をスタートさせました。元従業員が当初から中心になって研究開発を引っ張っていたことと、研究成果を対外的に発表し、当社の「顔」として活躍してくれたことを否定するつもりはありません。しかし青色LED開発は、一人の知恵や技術だけでできるようなものではありません。様々な技術開発と、個々の技術要素を限りなく最適化していくことが必要で、元従業員のみではなく、他の従業員らも含めた研究チーム全員が、あらゆる実験を繰り返して少しずつ技術を改良することで、はじめて高輝度の青色LEDを実現することができたのです。元従業員が膨大な数の実験を全て考えていたわけではないですし、彼の部下たちは、自分たちで考えて課題をひとつひとつ克服して行ったのです。
社内でもこの元従業員をリーダーとする研究チームの成果として捉えておりましたし、彼が代表として対外的に発表することには特に違和感はありませんでした。また、同じ会社の人間同士ですから、対外的に発表する際に、上司の成果と部下の成果を厳密に区別する必要性があるとは考えておりませんでした。しかしこのような訴訟となったことで、元従業員の発明者としての貢献を厳密に検証することが必要になったと考えています。